原発のある暮らし:志賀原発・高裁判決を前に/5 福井県・高浜町 /石川
◇相互依存「空気みたいなもの」
◇“元”海水浴旅館群、期間労働者の宿に 海の幸「売り」模索も
関西電力の4基の原発がある福井県高浜町の内浦半島には、古くからの民宿や旅館が点在している。今では大半が原発で働く期間労働者の宿泊を当てにする。半島の根元近くに集落をつくる西三松地区。長年旅館を経営してきた大角一馬さん(61)もその一人だ。「私の人生は関電と共にあった」という。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090314-00000286-mailo-l17
「原発銀座」の異名を取る若狭湾沿い。1970年以降、次々と原発が建設され、今は14基が集中立地する。地元が受ける多額の交付金と労働需要は、住民の生活をガラリと変えた。
湾の西端、京都府との境にある高浜町。水のきれいな海水浴場で知られ、最盛期には関西方面などから年間100万人以上が訪れていた。だが、時代と共に、観光客の嗜好(しこう)も変化し、02年以降、海水浴客は年間50万人にも届かなくなった。道路網が整備され、宿泊の必要がなくなったこともあり、現在も町内に約300ある民宿の客足は遠のいた。
大角さんは、高浜原発1号機が動き出した74年から2年後、原発で働く労働者を宿泊客として受け入れ始めた。翌日の仕事を抱える労働者と、深夜までどんちゃん騒ぎする観光客がトラブルを起こしたことがあった。90年ごろから、労働者の受け入れにほぼ特化した。「集落の20軒の民宿も8割方は同じ」という。
西三松から関電高浜原発までは2キロ足らず。原発事故への恐れは当然ある。最近、特に気がかりなのが、原発の老朽化だ。「原発銀座」の中では比較的新しい高浜原発だが1、2号機は既に運転開始から30年を超えた。
「原発で何かあったら終わり。家も、生活もすべて失うから。でも町にとっても、住民にとっても必要なもの。矛盾は感じているが、しょうがない」と思う。
◇ ◇
労働者に頼りきらず、通年型の観光で海水浴客に替わる宿泊客を呼び込もうという動きもある。キーワードは“高浜の豊富な海の幸”だ。
「こっちがシマアジ。あれはイシダイ」。高浜原発を望む内浦湾内に数百構えるいけすを指し、同町日引で旅館を経営する山本幸男さん(68)が自慢顔で説明した。原発が出す温排水の影響で、内浦湾の水温は周辺より1~2度高い。これを利用した魚の養殖に80年ごろから取り組んでいる。
料理旅館を支えるのが新鮮で豊富な魚。山本さんは「関電とのコミュニケーションの中で生まれた、高浜の海の財産」という。原発は養殖に欠かせない貴重な熱源であるだけでなく、宴会でも利用してもらえる。経営上も大きな存在だ。
2月25日、原子力安全・保安院は、若狭湾内の三つの断層について、連動性を考慮して長さを見直すことを電力会社に求めた。山本さんは「ニュースを聞いたときは『あれ』と思ったが、それが四六時中頭にあるわけではない」と話す。
災害への恐れは否定できないが、支え、支えられてきた原発との関係は「空気みたいなもの」。町の観光協会長も務める山本さん。「原発がなかったら今の高浜はない」とも言い切る。基幹産業の一つである観光業にとっても、見直すべくもない当然なものと受け止めている。【高橋隆輔】
3月14日朝刊
スポンサードリンク