柏崎刈羽原発1号機訴訟:上告棄却 地元住民、30年の訴え届かず /新潟
◇「手続き論に終始、不当」
「原発と人類は共存できない」と30年間訴え続けた地元の声は届かなかった。東京電力柏崎刈羽原発1号機の設置許可取り消しを求め、周辺住民が国を相手取った訴訟は上告棄却という最高裁の判断で幕を下ろした。建設時の想定を超える揺れに襲われた07年7月の中越沖地震を受け、「豆腐の上の原発」と指摘した建設時の地盤問題を再び争う構えだった原告住民は「手続き論に終始した不当判決だ」と戸惑いや怒りの言葉を口にした。
http://mainichi.jp/area/niigata/news/20090424ddlk15040109000c.html
1979年7月に住民1538人(最大時1933人、後に282人)が原告となって提訴した訴訟は1審・新潟地裁判決(94年3月)まで14年半、さらにその後の東京高裁での控訴審判決(2005年11月)まで11年を要した。
05年12月に上告して約1年半後、最大震度6強の中越沖地震が発生。原告団は「約30年間議論してきた原発周辺の地盤問題が、事実として明るみに出た」とする上申書や上告理由補充書を提出。地震後、東電が行った地質調査結果などを基に、国の審査内容の問題点を改めて指摘してきた。
柏崎市職員時代から一貫して原告に名を連ねてきた矢部忠夫・柏崎市議(66)は「最高裁は『言いたいことがあるなら出しなさい』と求めながら、一方的な判決を出すのは解せない」と怒りをあらわにする一方、「原発の安全性に警鐘を鳴らし続けてきたことに間違いはなかった。今後も問題点は追及し続ける」と訴訟を起こした意義も強調した。
同原発の広報担当者は「直接の当事者ではないので、コメントする立場にはない」と話した。また、会田洋・柏崎市長は「詳しい内容を聞いておらず、論評できない」としたうえで、「市としては市民の安全・安心が第一。引き続き国、東電に対して一層の安全性確保を求める」とのコメントを出した。【五十嵐和大】
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◆柏崎刈羽原発1号機設置許可取り消し訴訟の経緯◆
1979年 7月20日 地元住民が新潟地裁に提訴
94年 3月24日 1審・新潟地裁判決。「設置許可の手続きに違法はなく、安全審査に見過ごしがたい過誤、欠落もない」と原告側の請求を棄却
4月 6日 原告側が東京高裁に控訴
2005年11月22日 控訴審・東京高裁判決。04年の中越地震の影響については「(震源地付近と)地質構造が異なっており、安全審査が不合理とは言えない」と言及
12月 3日 原告側、最高裁に上告
07年 7月16日 中越沖地震が発生
9月 原告側、最高裁に「中越沖地震で安全審査や断層評価が不十分であったことが明らかになった」と弁論の開催を求める上申書を提出
12月 5日 東京電力が中越沖地震の震源とされる海底断層について、設置許可申請時の判断を覆して「活断層だった」と公表
08年 5月~ 原告側、「中越沖地震で、国の断層調査が不十分と明らかになった」などとする上告理由補充書を最高裁に提出
09年 4月23日 最高裁、中越沖地震の影響について「判断を左右するものではない」として原告側の上告を棄却。原告側敗訴が確定
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